00年代の中島みゆきの魅力は徹底したリアリティと他人愛 最初にこれまでと違うものを感じたのは今から10年ほど前「銀の龍の背に乗って」を聴いたときだ。 それは二番の歌い出しからサビまで、か細く息を吸うのも苦しそうな歌い方だった。 ライヴでは見かけた歌い方だが、ついにスタジオ録音にも取り入れたのかとそのとき感じたものである。 それまでは90年代のアルバム「LOVE OR NOTHING」や「私の子供になりなさい」の中の激しい歌でさえ、 激しくも音楽の音としてキレイにとらえた歌い方だったように思う。 しかし、2000年以降、アルバムの曲、夜会曲を含め、激しさとは別の”荒々しさ”を取り入れた曲がとても多くなっていく。 一見、音楽としてどうなのだろうと受け止められることも覚悟しないといけない方法かもしれないが、 音楽の音としてではなく、”言葉として届ける”ことを追求していった結果、 この方法にたどり着いたのではないかと個人的に感じている。 プロデューサー兼編曲者の瀬尾一三はラジオ(坂崎幸之助と吉田拓郎のオールナイトニッポンゴールド2010年10月18日放送)で、 演奏隊と同時録音であること。パターンとして何テイクか録るけれど、 細かな歌い直しは一切しない。アイソレートはするが音が団子になる部分が残っていても気にしない。と話していた。 二人の徹底したライヴ感の追及が今の形になっているのだと思う。 もう1つ、2000年代の魅力は、やっぱり歌詞。 2007年「一期一会」、2009年「愛だけを残せ」、 2011年「荒野より」「バクです」、2012年「恩知らず」 それぞれの共通点は、別れに際して自分のことよりも他人を思いやる気持ち。これに尽きる。 この歌詞にまだ出会ってない方にはぜひ読んでもらいたい歌詞だ。 大人でもこういう気持ちにはなれないかもしれない。 しかしわかる人には瞬時に泣けるほど理解する内容なのだ。 徹底したリアリティを味わうためには、聴く側も経験者でなければならない。 いつの日か、曲の主人公のようになれるよう人間を磨きたいものである。 これほどの歌詞を伝えるためには、やはり先に書いたリアリティの追及が不可欠だったのではないだろうか。 うるさいとか、疲れるとか、歌詞を見ない人や響きだけを評価する人には残念ながらわからない世界なのだ。 ここにきて、単なる音として聴く音楽と捉えた解釈で、中島みゆきを評価するのは出来ないのではないだろうか。 ブックレットの中の日本語歌詞の横には各曲、英訳の詞を日本語の詞と同じサイズで印刷されている。 伝えるべき”ことば”を大切にしているアーティストだ。 オススメの曲 十二単の2曲目に収録されている、「時代ライヴ2010~11-」は、93年のシングルの流れをくんだ演奏なのだが、 明らかにシングルの歌い方とは違う。 シングルは近寄りがたいほど神々しくどこまでも澄んだ歌唱だった。 ライブ版では、詞の内容により近い切ないトーンのアカペラで始まり、 言葉を一音一音噛み締めるように歌われている。 同じく年を重ねた者として、話しかけ、エールを送っているような歌い方だ。 その時の姿は、初回限定のDVDを見ればわかるが、飾り気が無いとても素朴な衣装である。 21年ぶりの生歌にファンは、恐らくもう歌ってくれることはないだろうとも思ったのではないだろうか。 震災を越えた2012年、中島みゆきは「前回のツアーで歌いましたが、どうしても、私のわがままですが、 この曲をもう一度歌わせてください。」そう言って、もう一度、この時代を歌ってくれた。 時代という曲は、特別な曲だ。 中島みゆき世界の答えが詰まっている。 「それでも、生きてゆく。」 中島みゆきの約40年間に及ぶ言葉なき言葉である。